2010年10月18日

シルビアのいる街で

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ついに、重い重い腰を上げて「シルビアのいる街で」を観に行きました。

8月からやっていた渋谷での上映はとっくに終わり、横浜の下町、伊勢佐木町(京急黄金町)の「ジャック&ベティ」に。

評判通り素晴らしい作品でした。

「シルビア」役のピラール・ロペス・デ・アジャラ。
臙脂色のノースリーヴ、石畳を歩く後ろ姿が印象的。

ついにライトレールの中で二人が会話を交わすとき、彼女の汗ばんでバター色に艶めく胸元がひときわエロスを放つ。

彼といっしょにシルビアを追ってきた私たち鑑賞者にとっても、それは彼女の実体に最接近した束の間の、フィルムに感光された忘れられぬ記憶となる。

実体が遠のき、行きすぎるライトレールの大きな窓に走馬灯のように映る、「シルビア」の幻影。

汗ばむ季節。汗を奪い、熱を冷まように、「シルビア」たちの幻影の髪を吹き上げる風。

季節は初夏から夏。まだ明るい、ストラスブールに響き渡る教会のヴェスパーチャイム。この作品の最高のBGMだった。
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2010年09月09日

岸辺のない海への出帆

きょう9日、高遠さんの『失われた時を求めて』が刊行されました。昼休み(ショクバが神保町なので)さっそく購入。帰りの電車で読み始めました。

高藤さんのまえがきには、「机にかじりついて『お勉強』のようにプルーストを読むのではなく、横になってでも、電車に乗りながらでも、ともかく気軽にその世界に浸ること。それがプルーストを読むコツである。」と書いてあります。

そのとおりのことを僕は実行していたのでした。

   「長い間、私はまだ早い時間から床に就いた......」。

この素晴らしい船出。

でも僕は、鈴木訳も電車で読み始めていました。というより、けっきょく全巻の8割以上を電車で読みました。

その経験から、プルーストが文庫本で手に入ることは僥倖なのだが、電車で読むものではない、と最近思っていたところでした。机にかじりつかないまでも、騒音や、音楽や、ましてやラジオやテレビの音もない静かな環境で、十分な時間の余裕のなかで読むべきだと思っていたところでした。

まさにこの小説の出だしのように、読みさしのところで眠りにおちいってしまうような静けさと、岸辺の見えない時間のなかで、読書をしたかったのでした。

賃労働者であるかぎり、今度もまた(つり革につかまりながら)電車で読了という貧しい体験になるかもしれませんが、高遠さんが、そんな読み方が「プルーストを読むコツ」というのだから、それにしたがって、カジュアルに、いつでもどこでもページをめくっていくことにいたしましょう。

2010年09月07日

この秋、2つの『失われた時を求めて』が刊行開始!

明治大学商学部教授の高遠弘美氏がプルーストの『失われた時を求めて』の全訳を開始しました!

9月9日に光文社古典新訳文庫から刊行開始です。全14巻になる予定だそうです。

そして京都大学の吉川一義教授の全訳もこの秋から岩波文庫で刊行開始予定です。
これも同じく全14巻になる予定。

日本での個人全訳は、井上究一郎、鈴木道彦に次いで3〜4人目。

最初の共訳(生島遼一・市原豊太・井上究一郎・伊吹武彦・中村真一郎・淀野隆三)を入れれば4〜5つ目の全訳です。

日本語は、世界で最も多くの種類の訳で『失われた時を求めて』が読める言語です。

『失われた時を求めて』は基本的に未完成で、後半は死後出版で様々なテキストが残っており、まるで『源氏物語』みたいに数種類の「底本」というか「版」があります。
高遠氏、吉川氏とも、どの版を選ぶかは不明です。

高遠氏は、すでにプルーストが生前最後に手を入れ『逃げ去る女』の大部分をばっさりと削除した、グラッセ版『消え去ったアルベルチーヌ』の訳を同文庫から発行しています。

ただしそのグラッセ版、プルーストが最後に手を入れたその版は、続く最終篇『見出された時』に繋がらず、それを採用すると作品全体の形が崩れてしまう。鈴木道彦は、全体をプレイヤード版を底本にしながらも、第6篇のみ、ポッシュ版という、プルーストの削除が入る前の版を使用したのだと語っています。

鈴木訳の「はじめに」では、ポッシュ版は数ある「削除」以前の版のなかで、作者以外の解釈が入っておらず、最新で様々な資料や問題点に目を配っているということで、とりあえずの最善のものとして選択されたことが語られています。じっさい、作者の誤記や不備が多く、他の版を参照するような脚註が異常に多いです。とにかく、大変な苦労をしています。

既に最終版『消え去ったアルベルチーヌ』を先に訳してしまった高遠さんは、第6篇をどうするのでしょう?

国際的なプルースト研究でアカデミー・フランセーズ、フランス文学顕揚賞を受賞した吉川さんはどうするのでしょう。

もっとも、そんなことは大きな楽しみの中の興味の一つでしか無く、とにかく、この秋から、2人の文学者が同時に『失われた時を求めて』の翻訳を刊行するという異常事態に、恐らく一年以上に亘って付き合っていくことになるだろうという、嬉しい悲鳴をあげるこの秋です。

ローメン・ブルックス:「赤いジャケット」 1910年

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ローメン・ブルックスは、20世紀初頭パリの社交界で活躍した女性の画家です。

画家を志す前は、のちに作家となるコレットやシャネルとともに歌手をめざし、カフェで歌っていました。

歌手を諦め、ローマで絵画を勉強した後、パリで芸術家たちと交友を広げていきます。その世界は、プルーストが小説で描写していたものと同じと考えてもよいでしょうし、もしかしたらふたりはどこかでめぐり合っていたという可能性も否定できません。

じじつ彼女が確固たる地位を得たのも、『失われた時と求めて』に登場する「孤高の倒錯者」シャルリュス男爵のモデルと言われているロベール・ド・モンテスキューに認められたからです。

彼女はモンテスキューに、詩人ダヌンチオや、バレエ・リュス(ロシア・バレエ)のプリマ、イーダ・ルビンステインを紹介されます。

ローメンはたちまちダヌンチオに恋をするのですが、彼はイーダに夢中になってしまいました。ところが、そのイーダが愛したのはローメンだったのです。

複雑な愛の関係の輪に取り込まれてしまいました。
けれどもローメンはイーダ、すなわち、愛する男の愛する女の愛を受け入れたのでした。

そして、第一次大戦が終り、ローメンは同性愛の世界にすっかり没入するのでした。それが「パリのサッフォー」(と言われたかどうか知りませんが)ナタリー・バーニーという女色家であり、そのサロンでした。

大戦で区切られる「世界」の変化も、プルーストの小説と似てますね。

バーニーの数多い愛人のなかでも、ローメンとは友情にも似た関係が生涯続いたようです。
しかしバーニーへの嫉妬に疲れ、パリ社交界に疲れたローメンはフィレンツェに移ります。孤独に線画を描きつづけ、晩年はニースで暮らし、96才で亡くなります。

あたいの夏休み

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今年の夏は忙しくて何処にも出かけられないつもりでしたが,不意に時間が空いた水曜日にちょうどお誘いがあり,茅ヶ崎の人のお宅に行って来ました.

茅ヶ崎といっても,茅ヶ崎駅から相模線で北上.単線の小さな駅でした.

駅で待ち合わせのはずがなかなか来ず,待ちきれずに駅前の酒屋に入ると,何とレジの奥に「呑みスペース」が!

ビールを買って持って行くと,通い箱にゴザを敷いたイスが5,6個あり,既に爺ちゃんとタバコふかしたキャミソール姿の姉ちゃんがふたりで呑んでる.不思議な光景.

すだれ越しの風が心地良かったです.そうそう,東京は猛暑日でしたが,意外や意外,茅ヶ崎は涼しかったのです.クーラー要りませんでしたから.

やっと目的のお宅の人と会うことができ,お酒と馳走をいただいた後,最後に,地ビールで少し有名な「茅ヶ崎ビール」の醸造元が経営しているレストラン「モキチ」に行きました.

住宅街の中に不思議にも落ち着いた雰囲気でひそむ,いい感じのレストランでした.

今年の『あたいの夏休み』はこの一日でおしまいです.

2010年08月05日

鴨居玲 終わらない旅

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横浜そごう美術館で開催されている「鴨居玲 終わらない旅」展に行ってきました。

鴨居玲の作品をまとめて見るのは1990年、池袋の西武で観てから20年ぶり。

それ以来鴨居の展覧会は東京近郊では開催されません。(95年に千葉そごう美術館であったそうですが。)

平日の14時、美術館は空いていて、最高の鑑賞ができました。ゆっくりと2周、2時間半かけて鑑賞しました。

代表作である大作「1982年 私」には、椅子にかけてじっくり作品と向かい合うことができました。

そして、最高傑作かもしれない「ボリビアン・インディオの娘」の鮮烈な赤!
僕の記憶の中で色褪せていたあの赤が、ふたたび網膜を焼きました。
印刷では絶対に再現できない赤、あの赤を視るだけでも、この展覧会に足を運ぶ価値はあると言ってもいいです。

それと、会場に入って最初に登場する作品は「夜」という自画像です。19歳。処女作的な作品です。
彼の全作品の中でおそらく唯一、幽かですが、瞳が描き込まれています。

僕には、この作品「夜」と、彼の最大の理解者だった美術評論家、坂崎乙郎の処女作『夜の画家たち』が、どうしても重なるのです。
「夜」というメタファーは、鴨居の作品「夜」、あの若い画家の瞳に、遠い幽かな光を映し出していた「夜」のことではないでしょうか。

鴨居は、いつまでも自分の作品「夜」を超えられない、と言っていたそうです。
一方坂崎も、青春の才能だけを信じていました。最後の著作は『エゴン・シーレ』。
27歳で夭逝したシーレを「20世紀最も貴重な画家」と評価しながらも、24歳以降のシーレをばっさりと否定します。
そんな二人が共に逝ったのは1985年。

坂崎乙郎、鴨居玲 没後20年
http://senzafine.livedoor.biz/archives/50250946.html

もうこれを書いてから5年たつのですね。今年は没後25年です。

2010年05月06日

くらやみ祭り

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昨日は、府中の大國魂神社「くらやみ祭」を見下ろしながら宴会でした。
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群集を見下ろす警察を見下ろしながら酒を呑むのはたいへん気持がいいものでした。

2010年05月02日

Au splendide mois de mai, 01 Mai 2010

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2010年04月19日

beauté de printemps, 19 Avril 2010

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2010年04月10日

川崎で「鴨居羊子展」が開催されます

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「前衛下着道−鴨居羊子とその時代
岡本太郎・今東光・司馬遼太郎・具体美術協会」展
会期/2010年4月17日(土)〜7月4日(日)
会場/川崎市岡本太郎美術館 〉〉〉Link

マルチな才能を発揮した鴨居羊子の「言葉」「絵画」「下着」を中心に、鴨居が尊敬し関わった岡本太郎らが撮影した鴨居のポートレートや、彼女が作った下着 や人形たちの写真も併せて紹介されます。

先月『鴨居羊子の世界』という本も河出書房から発売されました。

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関連リンク
チュニック株式会社(鴨居が昭和30年に作った会社です)
チュニック株式会社/GALLEY(弟・玲の作品も数点載っています)

関連拙記事
坂崎乙郎、鴨居玲 没後20年

2010年04月09日

beauté de printemps, 8 Avril 2010

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2010年01月25日

きょうのつぶやき 1/25

日曜日,新しく買ったペー・アッシュ・エス(PHS)に入れるmicroSDカードを秋葉原に買いに行きました.メールが容量オーバーで古いのが消えてしまうのといやなのでメモリに保存する設定にしようと思ったのです.
でもまあメールですから大した容量は要らない,一番安いやつでいいや,千円くらいかな?と見積もっていました.そしたらなんと560円,しかも2Gバイト!そんな要らないって!
ちなみに,いつも使っているデジカメに入れてるSDメモリーはたった128Mバイトでも間に合っています.


 
秋葉原に行くと,今では数件になってしまったアマチュア無線の店に必ず寄ります.
CQ ham radioという歴史あるハムの専門誌があるのですが,今月号に,09年3月解禁された2200mバンド(135kHz帯)の特集をしていました.
 
タイタニック号は無線通信に,このバンドと特定はしてませんでしたが,LW(長波)を使っていたことは確かなようです.そのへんのシミュレーションや逸話を興味深く読みました.
 
2200mバンド(付近?)は無線通信の黎明期に使われたものなのですが,無線人口が増えてくると混んでしまい,アマチュア無線が業務・軍用無線に締め出されたのだそうです.

それで仕方なくアマチュアたちがHF帯を開拓したわけです.その結果,国際通信には電離層と地上を反射しつつ伝搬するHFの方が有利だということをアマチュアたちが発見したのでした.
 
そして100数十年経って,ふたたび2200mバンド(135kHz帯)はアマチュアたちの手に帰ってきた,ということなのだそうです.

しかし,波長が2200mですから,タイタニック号だったらいいですが(それでも巨大コイルが必要),アマチュアが簡単に手を出せるバンドではありません.いわんや僕のような「アパマンハム」をや.


ずいぶんまえから知花くららさんのファンです.
先日,東京新聞にお母さんのこと,そして昨日の朝日でお父さんのことを話していました.
とても面白いウチナーファミリーで育った人なんですね.

 知花くらら「おやじの背中」知花くらら「家族のこと」

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