2005年09月20日
エル・スール、南の光
19日の夜に一気に飛行機で東京に戻りました。さっそく今日から後期の授業の始まり。瀧のような時間割をこなさなくてはなりません。更新も少なくなると思います。
ゼミのみんなと合流してからは忙しく、電波の届かない離島に行ってしまったので、更新できませんでした。
実は、選挙のようすは沖縄行きの船の中でBSのテレビが放映されていて、それを見ていました。あのような結果に、今回の旅は南の太陽の下でも気持ちが晴れることはありませんでした。
しかしゼミの若い仲間や楽天的な先生と過ごし、沖縄の人と交流したりカチャーシーを踊ったり、無人島でサバイバルをしたりしているうちに、やっとエル・スール、南の光を感じることができたような気がします。
消極的な意味ではなく、“なんくるないさ”という精神でいこうと思います。現実を吟味すると必ず絶望に突き当たります。人類史は絶望から解放されたことがなかった。にもかかわらず人間はどんなときも希望を持ち続けてきました。絶望も希望もどちらも人間の条件のようです。しかしどちらかというと、絶望とは思考の条件、希望の方は生理的条件ではないでしょうか。
エル・スール、南の光は後者を照らし出すものでした。そして“思考”というものはしょせんは肉体に宿るもの。スピノザが言うように、私たちは肉体的な条件を超えることができないのだと思います。
人間の根源的希望、これを積極的に信用しようと思います。



