2005年12月09日
原子力ミニコラム 第39回
耐震偽装マンション問題は「責任のなすり合い劇場」となっているが、驚くべきことは、シロウトでも分かるようなひどい施工に自ら関わっていた無数の労働者たちが、これまで誰も声をあげなかったことである。
もちろん彼らにも責任はある。しかし誰もそれを感じていない。そういう風潮が完璧に蔓延しているのだろう。
これは絶望的なことである。
繰り返すが、原発だけは大丈夫だというのは虚妄である。むしろ原発のほうがもっとひどいことになっているはずだ。
そもそも責任感のあるひとはこの業界に携わることができない。
そういう人は死んでいった。浜岡原発で働いていた嶋橋伸之さんのように。
責任だけでない、熟練とも無縁である。
法定の総被曝線量に達するともう現場に戻れないのだから。ベテランが存在しない。
原発労働とは、原理的に責任や熟練とは無縁の現場なのだ。
しかもこれらの度合いは、放射線の強いもっとも肝心な箇所ほど顕著になるだろう。
原発にはインチキマンションよりずさんな現場が、私たちや、電力会社にすらも見えないところに存在しているはずだ。
参考:中国新聞 被爆と人間 第3部 ある原発作業員の死
http://www.chugoku-np.co.jp/abom/00abom/ningen/000322.html



