2008年01月02日
40度で年越し
気温でも北緯でもありません。
大晦日の午後から発熱を感じ、次第にパソコンの字が読めなくなり、これはまずいと思って職場を早退させてもらい、自宅に倒れ込んだとき体温を計ったら40度でした。
40度なんて熱がでたらきっと気持ちいいだろうなんて思っていたのですが、とんでもない間違い。とにかくすごい頻脈で、眠ってしまうと心臓が止まるのではないかという怖さを感じました。
だから、夜通し布団に横にならずに布団をかぶってあぐらをかいていました。そして苦しいけど、またある意味でヒマなので、AMラジオを聞いていました。
そしたらニッポン放送で夕方6時頃からでしたでしょうか、裁判員制度や冤罪事件に関する特集番組をやっていました。これが40度の高熱のなかでも思わず聞き入る番組でした。戦後の代表的な冤罪事件を取り上げていました。死刑制度の是非までは直接問うてはいなかったと記憶していますが、裁判員制度の持つ諸問題と照らし合わせることで、暗に問題提起していたような気がします。
耳を惹き付けたのは直接事件に関わってしまった人たちの証言でした。冤罪で人生を台無しにされた人たち、志布志事件の被害者たち、そして袴田事件で死刑判決を下し昨年「無罪の心証があった」と告白した熊本典道元裁判官……。熊本さんは嗚咽しながら語っていました。
どれもひどい話ですけど、志布志事件というのは本当に信じられないくらいひどい話ですね。その番組での話ではないですが、これを追求したのは朝日新聞鹿児島総局の6名だったそうです。彼らはこの事件の追及中しじゅう警察に尾行されていたそうです。警察ってなんなんでしょうね。
しかしまた、これほど素晴らしい仕事をした鹿児島総局は東京本社からは冷遇されたとも聞いています。
ニッポン放送のその番組はネットで調べても番組名が見あたりません。聞いている人も少なかったでしょう。夢だったのかもしれません(笑)。
フジサンケイグループという組織の中でも、あんな番組が作れて放送できる。もともとニッポン放送には、コイズミズムがはびこる時代から森永卓郎に毎朝番組を持たせていた勢力がいるんです。(それをうち消すかように9月からは竹中平蔵がゲスト出演するような番組になってしまいましたけど。)
あの暗黒時代が遠く過ぎ去り、彼らがため込んでいたものをはき出せる、雪解けの季節がやってきたのでしょうか。40度の高熱の中で聞いたあの番組、内容は辛いものでしたが、放送の存在を今年の初夢に代えたいと思います。



